今日は、山背(やましろ)古道全線を歩破しました。
山背古道は自転車では何度も完走しましたが、全線を歩いたのは今回が初めて。
本日のウオーキング歩数、約46,444歩。
2006年11月12日(日)
JR奈良線で城陽駅へ。
城陽駅で下り、街道の雰囲気が漂う建物を見ながら山背古道の北の起点を目指します。
水度神社の参道着。
参道にある「夜叉ばあさんの木」。
夜叉ばあさん、こんにちは!
参道にあるなんとも不思議な形状の木。
木の生命力を感じます。
水度神社の境内入り口着。
七五三参りの家族がたくさん来ています。
ここが山背古道の北の起点。
水度神社の説明。
家族連れで賑わう境内。
とっても大きい松の木が。
葉が3本の珍しい松の大木のようです。
境内を出て山道へ。
展望台着。
展望台から北方向を望む。
城陽市・宇治市・京都市南部が展望できます。
城陽市総合運動公園に出ました。
超ロング滑り台前通過。
公園内はもう紅葉が始まっていました。
雲が多い天気ですが、日が差しています。
きれいな塗装のミニ路線バスが停車中。
ボディ側面にはサンガの応援がペイントされています。
こんなバスを見かけると、とっても楽しくなります。(#^.^#)
城陽市総合運動公園前の道路を、美しい紅葉を見ながら西進。
ゴルフ場近くで再び山道へ。
山の中のきれいな紅葉。
蔓系の植物です。
「友愛の丘」通過。
縄文時代の住居跡である森山遺跡着。
森山遺跡の説明。
森山遺跡は、かなり大規模な古代の住居跡。
大蓮寺着。
島利兵衛の墓所であり利兵衛が江戸時代に当時の琉球から持ち帰ったサツマイモにちなんだ甘藷元祖の碑でもある、甘藷の形をした石碑。
碑の説明。
山背古道から少し外れ青谷駅を目指し、JR奈良線の踏み切りを渡ります。
城陽酒造前通過。
にわか雨が降ったので路上が濡れています。
JR奈良線・山城青谷駅前通過。
青谷駅前の塀には青谷の名産である梅がデザインされています。
井手町へ。
とってもいい雰囲気の道。
高神社着。
境内へ。
高神社を後に。
谷川ホタル公園前の道を西進。
登り道に入りました。
亀甲竹を眺めながら上着を1枚脱いで汗をぬぐいます。
カラスウリ。
久々に見ました。
山背古道の最もきつい上りを上がりきり展望が開けた場所から風景を眺めます。
人ひとり通らない道を、のどかな風景を眺めながらの〜んびりとテクテク。
藁を干す風景。
こんな風景は、稲刈りの機械化でめっきり目にしなくなりました。
(稲を機械で刈ると藁は切断されて出てくるとか。)
玉津岡神社へ向かう参道。
参道を上がることに。
参道脇には「小野小町之墓」が。
小野小町塚の説明。
京都市や、遠くは秋田県や山口県にも「小町終焉の地」とされる場所があります。
その中で、ここ井手町は信憑性があるとされているようです。
参道は結構きつい坂道。
地蔵院着。
菜の花と枝垂桜がで有名な地蔵院は玉津岡神社の横にあります。
時間がないので階段をまだ上がる必要がある玉津岡神社には寄らずに、地蔵院にお参りしてUターンし山背古道に戻ります。
道端で新鮮野菜を売っていました。
どれも全て1束100円。
「新鮮だし安価。買おうかな!」って一瞬思ったんですが、よく考えると自宅の台所は改修中で使えません。(T_T)
この辺りには、平城京にあった大安寺の瓦を焼いた窯があったとか。
説明。
宮本水車跡に今も流れる清流。
水車跡の石碑。
自転車で来た時には「弥勒石仏」に行ったことがありますがウオークでは初めて。
ここを左折し弥勒菩薩を目指すことに。
ク、クマって。(@_@;)
弥勒石仏着。
写真では分かりにくいのですが、線彫りされた石仏が見えていました。
弥勒石仏を後にし速歩再開。
山城町に入りました。
蟹満寺に近づいてきました。
美しい山並み。
間もなく蟹満寺。
ここを右折。
蟹満寺横の家並み。
蟹満寺着。
観音堂の軒下にある蟹の額。
蟹の縁起の蟹満寺。
蟹のシンボルがいたるところにあります。
蟹満寺本堂。
かつては大伽藍を備えた大きな寺でしたが、今ではそんなことが信じられないほどこじんまりとしています。
観音堂の屋根。
蟹満寺を後に。
美しい青空が広がります。
道幅の狭い古道。
不動川。
JR奈良線の踏切を越えました。
天井川である不動川の下をくぐるトンネルが見えています。
棚倉駅前通過。
駅前にある蟹のモニュメント。
この蟹は、沢蟹ではなくどう見ても海の蟹に見えます。(^_^;)
道沿いに咲くきれいなコスモスの花。
JRのガード。
レンガ造りですので、かなり古い基礎と思われます。
椿井大塚山古墳跡着。
椿井大塚山古墳跡。
今では原っぱです。
人のすれ違いも難しい程の狭いJRのガード。
傾いた陽を浴びる山背古道。
山背古道は素晴らしい道です。
タイムスリップしたような風景に胸が疼きます。
上狛環濠集落へ。
上狛環濠集落は、山城国一揆の頃に形成された環濠集落で外敵の侵入を防ぐために掘割で囲まれた集落で、環濠集落は城となり狛城跡とも言われました。
環濠の面影が今も残っています。
外敵かの侵入を防ぐ集落のため、集落内には飲み水を初め生活用水の確保のため井戸がありました。
今でも残っている井戸。
おうちの方に「すみません。見学させてもよろしいですか?」って尋ねたら快諾してくださいました。
そして何と、電気を点けてから井戸の蓋を開けてくださり、その上「写真が撮りにくいだろうから車を動かしますわ。」って車の移動までしてくださいました。
井戸の中。
5mほどの深さに水がたまっており水深は約50cm。
山城一帯は花崗岩質の山で、井戸水は花崗岩質の砂礫の間を流れてきた地下水。
浅い井戸でも飲用可能だったのです。
「もう使われていませんよね?」って尋ねると、「いえ、今でも使っています。水は流れなくては腐るので、ポンプアップして散水や風呂で今でもこの水を利用しています。」ってことでした。
「ありがとうございました。」とお礼を言っておいとましようとすると、「柿は要りませんか?」って尋ねられました。
「じゃ、いただきます。」と言って財布を出すと「お金は要りません。重たくなかったらどうぞ持って帰ってください。」って。
親切に感謝しながらご厚意に甘えました。
環濠集落の井戸を後に。
山背古道はまだ続きます。
阿弥陀寺前通過。
日没近し。
間もなく泉橋寺。
泉橋寺着。
泉橋寺の説明。
応仁の乱の戦火がここ山城地方にも及んだことが分かります。
「山城大仏」とも呼ばれる泉橋寺の石地蔵。
4m近い大きさです。
お地蔵様の柔和な顔。
生駒山の向こうに夕陽が大きく傾きます。
京都八幡木津自転車道の南の起点着。
細い古道を歩いていると小さな和菓子屋さんを見つけました。
店先の「栗餅」のポスターを見て土産に栗餅を買いました。(#^.^#)
山背古道の南の起点間近で迎えた日没。
道沿いの畑の中に石灯籠がポツンと立っていました。
古道の証でしょうか・・・・。
昔の旅人の心の支えになったであろう辻の石灯籠と地蔵様。
古道沿いには多くの地蔵堂があります。
岡田国神社前通過。
ウオークの旅はまだ続きます。
木津町の古い家並みを眺めながら速歩。
美しい残照。
山背古道の現在の南の起点着。
山背古道は南への延伸が計画されています。
山背古道の現在の南の起点である文廻池。
山背古道完歩を果たし、まだ残る残照を眺めながら帰路を急ぎます。
国道24号線へ。
行き交う自動車のライトの向こうには美しい残照。
山背古道の南の起点から結構歩いてJR平城山(ならやま)駅着。
自転車では何度も全線を走破した山背古道。
でもウオークで全線を完歩したのは初めて。
自転車では見えなかったことがウオークでは見えました。
古道や街道は自転車よりもウオークの方がより楽しむことができます。
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